迂路つ記の雑記帳

鳥と、サッカーと、自堕落な日々。

Category: ただの日記  

公衆電話の切なさ

息子1号にはケータイを持たせていない。小学生の頃、塾からの帰りが夜の10時を過ぎていた頃は、安心のため持たせていた。しかし中学校では当然禁止されているので、今は持たせていない。そんなわけで、学校から連絡してくる時は、公衆電話からということになる。



今日も、自宅の電話に公衆電話からの着信があった。息子1号の、「部活で遅くなる」と言う電話だろうと思って受話器を取ると、何かごそごそと聞こえた後、ぷつりと切れた。

数分後、再び着信。今度はかみさんが取ると、やはり1号から遅くなると言う電話だった。

「あの子、前にも同じように一回切ったんだよね。何やってるんだろう。」と、かみさん。

ふむふむ、なるほど。そういうことか。と一人合点して、後で息子に聞いてみた。すると、やはり考えたとおり。1号が言うには、

「10円じゃすぐ切れちゃうんだよ。前もそうだったんだけど、また忘れて同じ事やっちゃった。」

「お前、それ違うよ。プーっという音がしたから、切れたと思ったんだろ?」

「うん。」

「それは、あと10円分で切れる、っていう意味なんだよ。八王子から青梅なら、10円で十分用件は伝えられるって。」

「なんだ、そうなんだ。」

そんなことを話した後で、今の若い恋人同士って、あの切なさを味わうことがないんだな、と、ふと気づいた。

プーっと言う音が、もうじき来るしばしの別れを知らせる。最後の時間で、何を話すか、考えるうちにも時計は進む。毎晩のように繰り返される、あの切ない瞬間。そんな感覚、きっと今の若い人の多くは知らないのだろう。携帯電話で好きな時、好きなだけ話せる。自分の部屋で、いつまででも話せる。何万円もの通話料を払って。それって甘酸っぱさがないよなぁ。

夜中、犬の散歩に行く振りをして、公衆電話まで出かける。街灯に輝く白い息。寒さなんて、どうということもない。空には明るい月。言葉ではなく、声を聞く。

便利さが増えた分だけ、ロマンが減ってきているように感じるのは、結局は歳のせいなんだろーか。

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Comments
Editそーそー
子供が携帯電話を持たせる歳になってないことを除いて、後半はかなり隅々まで、あたいは共感できるけど、やっぱり「トシのせい」のにゃ、きっと。

ぶー音の演出があろうが、ケータイをただ置くだけだろーが、切ったあとの漠とした想いってのは、たぶんおんなじでしょう。
Editぐわっはっは(泣
やっぱ、歳のせいッスか。
ですよねぇ。きっと手紙しかなかった世代から見たら、私らの時代も味気ないんでしょうし、同じことですな。
典型的な「最近の若いモンは……」でしたね ^^;
Editちょっと待ったぁ!
いやその、かけ声で勢いつけたかっただけ。
うーん……それでも昨今は常に携帯を持ってる人が多くて、連絡が容易につけられるようになって、その昔恋人は下宿暮らしで電話は大家さんにお呼び出しを頼むという不自由さを噛み締めていたワタシにとっては、やっぱり「便利さが増えた分ロマンが減った」感じがするなぁ。トシなのも否定出来ませんが。
Editほほぅ
キャロさは神田川の世代 φ(.. )

そりゃ、風呂付アパートで同棲よりも、銭湯のほうがナイーヴな気がしますよ。

# どんな評価軸だ>自分

でも、便利を求めちゃったのは他でもない、自分自身なんですよねぇ。
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