迂路つ記の雑記帳

鳥と、サッカーと、自堕落な日々。

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難しいエサやりの問題

鳥見屋にとって身近な問題の一つに、給餌の問題がある。公園のアヒルに子供がエサをあげる。実に微笑ましい光景である。基本的に餌付けはしないで済むならしないに越したことはない、と思うものの、子供が生き物に目を向けるきっかけまで摘み取ってしまっては、本末転倒の感もある。給餌にまつわる問題は、一筋縄ではいかない。

そんな中、給餌の問題の一つが、アサヒドットコムのニュースにあった。多摩地区の出来事でもあり、ちょっとここに引用してみる。



今年7月初め、3羽のヒナが生まれた。親鳥は本能が戻ったのか、ヒナのために小魚やエビを捕って運ぶようになった。しかし、親鳥が独り立ちを促すために餌をやらなくなると、幼鳥はパンを食べるようになった。3羽のうち1羽は今も親元を離れず、井の頭池にとどまっている。
この幼鳥は、8月下旬に生まれた次のひな3羽をつついて巣から追い出し、3羽とも死んでしまった。産卵の間隔が通常より短かったうえ、先に生まれた幼鳥がなかなか親離れしなかったため「悲劇」が起きたらしい。

他の部分で水質悪化の問題にも触れている記事ではあるが、そちらはよく言われる話。この記事のメインはやはり、一番子が二番子を殺してしまった、というところだろう。

<余談>一番子って言葉を、同時に産み落とされた複数の卵の中から最初に孵化した雛、って捉えていると思しき使用例をよく目にするけど、最初の産卵で産まれたグループをまとめて『一番子』、その子達が巣立ったあと、二度目の繁殖で産まれた子達をまとめて『二番子』と呼ぶのが正しいと思っています。</余談>

野鳥にエサをあげた経験は、ワタクシにもあります。いけないと思うようになったのは、やはり鳥見を趣味としていくうちに、そういう啓蒙活動があちらこちらから伝わってきたためである。けっして自分の中から湧いてきた考えではない。

で、何が悪いかといえば、こんな感じかなぁ。

  1. 不自然なものを摂取させたら、生理的に良くないのではなかろうか。例えば油で揚げたものだとか、塩分たっぷりなものとか。
  2. 富栄養化が進んで、環境を激変させてしまうのではなかろうか。結果、鳥が住めない環境になり、良かれと思ってやったことが、逆効果。
  3. 野生を失ってしまうおそれがある。
  4. 疾病感染などのおそれ

いい加減かもしれないけど、羅列してみました。

今回の記事では2と3に触れた内容になっている。しかし、楽にエサが摂れることによって、厳しい自然から逃れてしまう、という意味での『野生を失う』では済まされなかったわけだ。独り立ちが出来ないために自分の弟妹を殺してしまう、という異常行動まで引き起こすとは、ワタクシなんかにはまだまだ予想も出来ないくらい、多岐にわたる害悪への引き金となる危険性をはらんでいるというわけで。

部分的に肯定的に捉えられている給餌に、絶滅が危惧される種への給餌がある。背に腹は代えられぬ、というわけですな。一時期のタンチョウなどが代表的な例だ。さらに、ハクチョウなんかも世論的には許されている感じかな。

ここで問題なのは、これは次善の策であって、最善ではない、と認識することだと思う。本来、天然の餌場が十分にあれば、給餌なんてしなくていいのだ。

私財を投げ打って給餌した人たちの話を聞くことがある。それを聞いて、感激してホンの少し寄付をしちゃったりもするかもしれない。いや、したことありますよ。自分のことです。でも、同時に他方で河原を破壊する遊び場を肯定したり、それを推し進める政党に投票していたのでは、自家撞着に過ぎないわけだ。注意したいものだ。

ちなみに、いい写真を撮りたい、なんてケチな自己満足のために野鳥にエサを与えるような人は、油ベトベトでしょっぱいお菓子をカモに投げるバカカップルよりも、ずっとずっと低レベルであることは、疑いありません。

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